わさび煎餅
わさび味の煎餅を作ろうと考えた。
製法そのものは、問題なく思っていた。醤油に適量のわさびを混ぜれば、風味豊かな商品にできると、簡単に考えていたのである。しかし、これが意外に苦戦してしまった。 
わさびを混ぜた醤油を煎餅にコーティングする際、目にしみてとても仕事にならないのである。
自家用の1枚、2枚ならともかく、商売となれば、1回に数百枚の数量をこなさなければならない。
思わぬ壁にはばまれ、立ち往生であった。
しばらくは漠然として試作を取りやめていた。数週の後、世の中に緊張が走る。
アメリカ軍がイラクを空爆し始めたのだ。イラク軍がクエートに進行した事に対する反撃である。
湾岸戦争の勃発であった。
一日中臨時ニュースが流れる緊迫した世界情勢の中、私はたまたま所用でカデナに居たのを思い出す。
一夜にしてカデナ周辺の歓楽街から米兵の姿が消えたのは忘れられない。たまに見かける米兵も、一様に不安なまなざしであった事が印象的であった。
体の大きな究竟な黒人兵の目が、今すぐにでも泣き出しそうにうつろなのである。
やはり誰にでも戦争は恐ろしいのである。
米兵にほとんど死者を出す事が無かったこの戦争でもある。
連日放送される臨時ニュースの中で、おかしな物が目に止まった。
イラクの毒ガス攻撃に備えて、イスラエルの人々が毒ガスマスクを持って歩いているのである。
イスラエルは今回の紛争に直接関係はないのだろうが、元が犬猿の仲、万が一に備えていたらしい。
イスラエルの人達には申し訳ないが、このニュースを見た瞬間、これは使えると思ってしまった。
そうです。わさび煎餅製造中に、このマスクを付けていれば問題ないはずである。
毒ガスを遮断できるのだから、わさびなんぞは問題なかろう。
そんな訳でさっそくこのイスラエル製毒ガスマスクを入手した私は、意気揚揚と東京に帰り、無事わさび煎餅の量産に成功したのです。
不謹慎な様ですが、戦争が私に思わぬアイデアを与えてくれました。