松下、プライド捨てる 日経産業新聞 2002年8月1日

 松下電気産業がなりふり構わずに高コスト体質の改善に取り組んでいる。雇用・年金改革や低価格商品戦略などの施策を矢継ぎ早に打ち出し、31日に発表した2003年3月期第14半期(4〜6月)決算では5・4半期ぶりに営業黒字を確保した。しかし、潤沢な資金力と強固な営業力を誇ったかつての「家電の横綱」の面影はない。
軋轢辞さず
 7月初旬、中村邦夫社長は子会社の松下電池工業を訪れ、幹部社員に檄(げき)をとばした。「松下は1度つぶれた。構造改革に着手しなければ2度と立ち直れなかった。そういう間一髪の所まで追い込まれていた」松下の2000年3月期の連結営業赤字は電気大手で最悪の2118億円。情報技術(IT)不況の直撃を受けて売上高が大きく落ち込む中、他社より高い人件費や営業経費などが響いた。昨年度に実施した13000人の早期退職に加え、今年度はさらに高コスト体質にメスを入れる。軋轢(あつれき)も辞らさない。退職金の1部を預かり高利回りで運用する松下独自の「福祉年金」。9月に予定する給付利率の引き下げを巡り、受給者である退職OBの1部が反発している。福祉年金は1966年に創業者・松下幸之助氏が創設した制度で、退職時の契約で20年間の高利運用を保証する。受給者は現在約1万6千500人で利率は7.5〜10%。低金利下の運用難で年間100億円が利子補てんのために吹き飛ぶ。松下は福祉年金を今年3月末に廃止。4月以降の退職者に対しては変動利率制で初年度の年利が3.5%となる新制度に改めた。既存の受給者に対しても2%の利下げを求めた。20億〜30億円の負担軽減を見込む。あるOBは「年間10数万円の減額を手紙一通で求めてくる会社の姿勢が気に入らない」と反発。1部OB側との感情的なしこりが解けていない。同意したOBは29日現在で8割強。8月以降も個別に説明を継続する。村山敦副社長は「最後の1人まで説得を続ける」と執念を燃やす。電機業界で最高水準の賃金体系にも手をつけた。今年4月から、管理職の年俸を平均15%カットするとともに、一般社員の定期昇給を半年凍結した。年金約400億円の人件費を削減する。さらに8月1日から松下で初めてとなる転籍制度を導入。55歳以上の社員200人を社用車の運転や保安業務を担当する社内サービス子会社に転籍させ、賃金水準を20〜30%引き下げる。
取引慣行も
 現金・有価証券など手持ち金融資産から有利子負債を差し引いた松下のネット金融資産は、1980年代半ばに1兆円を超えていた。今年3月末は3千500億円。かつて「松下銀行」と呼ばれた資金力は、巨額のリストラ費用と営業赤字により細っていた。「月末の現金払いやめます」。松下銀行の凋落(ちょうらく)を物語るのが購入資材の取引慣行見直しだ。4月から、幸之助氏以来の伝統だった月末の現金払いを見直し、主要取引先約40社について90日後の支払いに変更した。当面の資金繰りに余裕を持たせ、今年度に1500億円の余裕資金をねん出する。
8000円レンジ
 「松下は安売りに走っているのではないか」。ライバルの家電メーカーが最近よく口にする言葉だ。その代表例が7980円で店頭に並ぶ松下の電子レンジ。「これまで松下製品が低価格の目玉商品になることはあまりなかった」(家電量販店)松下は高機能の製品を家電販売の主力とし、低価格製品では他社と真剣に争ってこなかった。強固な系列販売網が、そうした「横綱相撲」を支えてきた。しかし急速なシェア低下を受け、製品戦略を方向転換する。赤字覚悟ではない。8000円を切る電子レンジは、もともとは中国市場向けに現地で徹底的にコストを切りつめて開発した商品だ。4月からは系列販売店への販売奨励金(リベート)を廃止した。年万1千億円を超えるといわれたリベートを価格引き下げの原資にあてている。中村社長は前期の決算発表で「2003年3月期の連結営業利益1千億円を社会との契約としたい」と背水の陣を誓った。公約が果たせなければ退陣するという宣言ともとれる。第14半期はまず146億円の営業黒字を確保したが、また一息つける状況とはいえない。日本企業の終身雇用のひな型をつくり、退職後も手厚い支援を惜しまなかった幸之助氏。取引先や系列販売店に対しても「共存共栄」を訴え、支援の引きかえに家族的な忠誠を引き出した。しかしバブル崩壊後の経済環境の変化の中、かつてのビジネスモデルは高コスト以外の何物でもない。創業者の家族的経営を捨てるのか。この質問に中村社長はこう答える。「松下が家族主義的だったのは社員が500人程度の創業時代まで。あんなに厳しい人はいなかった」