デジタルエンジニアリング活用による車両開発のコラボレーション

生枝担当役員が旗振り役となってデジタル・コラボレーションがスタート
 トヨタ自動車では、1996年頃から、デジタルエンジニアリングによるコラボレーション、名付けて「V-Comm(Visual&Vir-tual Communication)」に取り組んできた。
 名付け親は、白水宏典取締役副社長だ。
 「出発点は白水副社長(当時生枝担当取締役)からのそれ以前の『試作事にたよらない組付け検討ができないのか』という呼びかけにあった。以前は問題点をたくさん指摘するほど評価がされたが、これからは発想を変えて、自らの事前活動により、それを最小にすることを誇りとするようにバラダイムチェンジした」と、根岸氏は言う。
 効果は絶大だった。事前チェック用のラビッドプロトタピングツールが次々に工夫され、試作以降の不具合が大幅減、リードタイムも短縮できた。しかし、ツール類のコストとエンジニアの負担が増大するというデメリットもあった。
 そこに台頭してきたのがデジタルエンジニアリングである。
 「『異常時、即ラインストップ』に代表されるトヨタ生産方式を伝統とするトヨタ自動車は、本質的な潜在問題の顕在化を最も大切にしてきた。それをデジタルエンジニアリングの世界に移して、『問題の顕在化によるコラボレーションすること』を目指した」と根岸氏。「V-Comm」の始まりである。
開発のスリム化と量産後の品質安定に大きな成果
 「問題解決のパラダイムチェンジ」により、車両開発の前後工程のコミュニケーションを画期的に向上させることにより、試作段階で摘出していた問題の解決を設計段階へ前出し削減して出図品質を向上させ、開発期間と費用を削減させようというのが「V-Comm」の基本的な狙いである。1996年に始まった取り組みは、DA(デジタル・アセンブリ)と呼ばれ、さまざまなプロジェクトとして社内に広がり、2000年に発売された新車「bB」のときに車両組付けの全工程に展開され大きな成果をあげた。
  「作業性DA」では、作業者の動作をデジタルマネキンでシュミレーションし、試作車でのチェックより件数・内容とも大幅に摘出能力の高い問題が発見できた。「見栄えDA」では、内装部品間の合わせやボディの合わせなどモックアップや部分モデルでは十分検討できない細部の見栄えをAlias等でチェック。特に、車の顔となるヘッドランプ廻りのチェックで効果をあげた。
 また、「ワイヤーハーネスは難物であり、開発の最終段階で多くの異音問題を解決せねばならなかった部分」(根岸氏)である。「ワイヤーハーネスDA」ではまず、トヨタ自動車の設計データと、ワイヤーハーネスメーカーの生産準備用データが一致していないことを把握。サプライヤからデータを入手して、組付け工程を丹念にシュミレーションした。
 これらのDAの相乗効果で、「bB」では、設計変更が激変。デザイン決定後のさらに期間短縮を実現できた。
 「さらに大きな成果は、量産開始後の生産能率目標と品質目標を達成するまでの時間が大幅に短縮できたこと」と根岸氏は語る。
海外工場の現場担当者にまでデジタル・コラボレーションが定着
  「bB」がサクセスストーリーとなって、DAは全社レベルのプロセス変革につながっていた。
 設計の初期段階から、生産技術担当者がプロジェクトに加わり、意見を述べる。「図面の完成度を早期に上げる支援として設計者にも受け入れられ定着している」と根岸氏は明かす。
 ノウハウの織込みについても従来は、各開発ステップ毎で出る問題の解決進捗管理を主としていたが、ノウハウデータベースを基準として織込み全項目を見据えた上でマイルストン管理することができるようになった。
 大きなプロジェクタを備えた「V-Comm」ルームは海外工場にも作られ、「DA検討会」が日常的に実施されている。次の課題は、工程情報のビジュアル共有であり、設計データを中心に関係者が頭を寄せ集めるだけでなく、生産現場の情報を設計者も共有しコラボレーションしようという取り組みである。
 「私見ではあるが、長期間並列プロセスはもう卒業して、短期間逐次プロセスへ進みたい。実現のポイントは仮想組付けから仮想生産へのステップアップだ」と根岸氏は力強く語った。