沖縄をアジアの工場に

 稲嶺 恵一 氏[沖縄県知事] 
沖縄の問題は基地ばかりではないと、経済重視の政策を打ち出す。
「本土並み」を標語に、本土を追走した戦後の開発モデルと決別。
異色の知事が独自の産業ビジョンを語る。   (日経ビジネスよりの抜粋)     


  沖縄と言えば、テーマは基地問題と決まっていましたが、最近「経済特区」や、コールセンターなどIT(情報技術)拠点として脚光を浴びています。
 
 きっかけは大田さん(昌秀前知事)の時代に、橋本・クリントン会談でテーマになった普天間飛行場の移設問題でした。橋本さん(龍太郎元首相)は沖縄に情熱を注いでいまして、何をしたらいいのか考えたわけです。沖縄の問題の1つは若年労働者の失業率がべらぼうに高いことでした。みんなが知恵を絞る中から出てきたのがNTTのコールセンター、電話番号案内を沖縄に作ることです。これがそもそものスタートです。
 私が知事になった時に経済はものすごく落ち込んでいました。大変失礼な言い方をすると、それまでの沖縄は産業政策がなかったんです。常に基地の問題が中心になっていたわけです。
 復帰前の27年間というのは米国の治世下における沖縄独特の経済構造がありました。いわば消費経済です。当時の円・ドルのレートは(1ドル=)360円です。ドルを持つ方が世界的に有利な時代ですから、沖縄は産業を起こすよりも消費物資をあちらこちらから輸入することによって成り立っていました。それを復帰時点で日本政府としては大幅に変えようとしましたが、生産構造は非常に脆弱でした。就業人口で見ると、当時の日本の平均は30%を超していました。
 
 製造業不毛の地ですね。
 
 今や、全国平均の比率は24%程度に下がりましたが、沖縄はたった6%です。単純な比率で言うと全国の4分の1です。
 戦後、日本の基幹産業は何と言っても重厚長大でした。沖縄も一時期、重厚長大産業を積極的に誘致したのです。非鉄の米アルコアが工場建設を計画したのですが、政府が阻止したら、松下電器産業が工場用地を取得しながら撤退したり。結局、製造業が立地しなかった。
 そうこうするうちに、観光産業が伸びたんです。大きな力になったのは航空会社のキャンペーンでした。沖縄のイメージを売りこんだ。ようやく我々も気づいたわけです。
 
 本土と競争して工場を引っ張ってくるのはダメだと。
 
 そう。その中で出てきたのはIT産業なんです。沖縄は本土と距離格差があって、物を運ぶと流通経費が高い。ところが、調べてみると情報コストもものすごく高かったんです。それで通信コストの8割だと東京にいるのもこちらにいるのも変わらないんです。ただ、このままだと財政がパンクしてしまうので、今は県が東京都の間に情報ハイウェーを一本持っていて、企業に貸しています。
 
 欧米で知事の仕事と言えばまず、企業誘致と雇用創出です.机にどーんとすわっている日本の知事の仕事振りは世界とかけ離れていると常々思っていました。
 
 欧州と仕組みが違うんです。日本の知事はほとんどが官僚や政治家出身です。彼らは企業誘致がその県にとって明らかにプラスと分かっていても、官は民に対してなるべく口を挟まないという明治からの歴史がある。
私みたいな経歴は異色ですよ。東京で16年間サラリーマンをし、沖縄に帰ってからも含めると40年以上経済に携わっていますから、どうしてもビジネスの目で見るわけです。
 問 ビジネスマンの視点で見て、何を改革したのですか。
 
 まず、東京や大阪に政策の担当を置くことにしました。中には本土の企業を退職した相当優秀な人材を配置したわけです。企業誘致の説明会には必ず私も出るんです。パーティーももちろん出ますし,話があれば直接行くんです。トップがやる気を見せれば、企業はみなやる気があると受けとめてくれる。大事なのはトップセールスですね。
 それから、県の人事政策自体も変えました。例えば企業誘致や観光の問題はこちらが専門家でなければダメなんです。通常のローテーションを破れ、民間に対応できる専門家を育てろと言っているんです。
  8%の失業率を5%にする
  沖縄県の失業率は現在8%台。全国のほぼ1.5倍ですね。
 
 そうです。5%にするのが当面の目標です。といっても、沖縄にメリットがなかったら、企業はよそにいってしまいます。それはおかしいと言う方がおかしいんです。
 沖縄は公務員志向が強い。産業らしい産業がなく,親はみんな戦後の長い間、苦労してきた。子供に苦労させたくないという。そこで、お役所となるわけです。
 私は公務員指向が強い県は伸びないと言っています。子供の頃からもっといろいろなものに興味や感心を持ってもらいたい。まず、若い人に意識を変えてもらわないと。その1つがITです。今年、IT教育センターが全国で始めて沖縄にできました。先生全員にIT教育をやるんです。
 
 中学、高校などが対象ですか。
 
 すべての学校の先生です。先生が分からないと、子供は分からない。今、猛烈にITをやっています。
 
 沖縄と言えば、台湾や香港、中国の広東省などとも地理的に近いですね。「世界の工場」として、それらの地域の台頭をどう受けとめていますか。
 答 今、企業は工場立地について、ものすごく真剣に考えているんです。昔は土地の値段も上がっていた。だから土地を買って、それを担保にして建物を建てる。建物も、償却してもそんなに価値は下がらないわけですから,企業は資産として持っていることが好都合でした。最近のように地価がどんどん下がると、土地を持つことに恐怖感を持ち始めています。従来の特別自由貿易地域のように、土地を買ってください、建物を建ててくださいと言うやり方では、もう誰も来ない。 今はレンタル工場です。9棟建設したのですが、既にそれ以上の引き合いがあります。企業は初期負担はしたくない。関心を持っているのはベンチャーの企業なんです。税制やその他の恩恵がありますから、それを目いっぱい生かして次の展開を考えようという企業が沖縄に関心を持っています。小さいけれど、何かの得意分野を持って世界的にやっていけるというような企業ばかりです。
 日本企業だけではありません。最近、台湾の企業が沖縄に進出を決めたのですが、韓国の企業も関心を寄せてくれています。まだ、名前はいえませんけれど。
 
 中国語や韓国語で企業誘致のパンフレットを作るとかの対応はしているんですか。
 
 まだそこまでやっていません。今までは個別の企業を引き込むのが精いっぱいでした。ゼロの時にいくら売りこんでもダメなんですよ。今はある程度体制ができたので、外資などにも売りこんでいきたいと考えています。
 
 そうした企業が進出先を沖縄に決める際、どんな地域と競合しますか。
 
 中国ですね。中国に行こうか、日本に踏みとどまろうか、と考えているうちに、沖縄の優遇制度に出会うわけです。特別自由貿易地域に進出する企業には35%の所得控除の恩典がありますし、若年労働雇用には3分の1の補助がある。これらを足すと本土でやるよりコストは相当安くなります。
 多くの企業は中国に比べればまだ割高と言いますが、中国でどんなに人件費が安くなっても、ゼロにはなりませんからね。
 
中国に勝るメリット
 
 中国の進出熱がそう簡単に冷えますかね。
 
 皆さん、中国進出の問題点が分かってきたんですよ。確かに、ものすごく成功している企業もあるけれど、それ以上の企業が失敗している。やはり文化の違いがあるし、言葉の違いもある。
 一方、こちらにはメード・イン・ジャパンというメリットがある。企業の人の話を聞くと、従業員の品質に対するこだわりにはまだまだ差があるそうです。製品にもよりますが、私がよく聞く話は大体15%ですね。
 
 15%というのは。
 
 品質格差などを考えれば、日本の工場はメード・イン・チャイナよりコストが15%高くても大丈夫だということです。今、日本でいろいろな経済特区が考えられていますけれど、恐らく沖縄特区に匹敵するような制度はできないでしょうから、当分優位性はあります。ただ、流通の問題がありますから、しっかり整備していきたい。
 
 先ほど、「重厚長大」誘致に失敗し続けたという話しですが、今、企業城下町の不振を見ると沖縄の産業構造は乗り遅れたのではなく、むしろ先をいっているという見方もできます。
 
 そうかもしれませんね。今、猛烈に伸びているのは健康産業なんです。ウコンは有名ですが、シークワーサーという、カボスに似た特産品があるんです。それがテレビ番組で紹介されたのをきっかけに、キロ300円が翌日に3000円になったという例もあります。
 問 確かに、食の資源の宝庫ですものね。
 
 ありすぎるんです。いわゆる亜熱帯というのは熱帯の北限であり、湿帯の南限ですから、果物では王様と女王様だけはできないんです。ドリアンとマンゴスチンです。それ以外のものはできるんです。
 しかし、県民性なんでしょうか、組織化するのがうまくいかない。そうした食品が体にいいというのは何となく分かっているのですが、徹底した研究は行なわれてこなかった。私たちは今、産官学で連携して、いくつかの産品について積極的に成分分析しています。研究機間がより高度な分析をすれば、もっといろいろな可能性が開けるはずなんですよね。場合によってはその中から単に健康食品以上のものがでてくるような気がするんです。