ジャガー
我家にジャガーがやって来た。
85年型のソブリンである。
そもそもなぜ我家に、ジャガーがやって来たか。
私の友人(恩田氏)が大のカーマニアで、自宅に内蔵された(内蔵ですぞ)2基のエレベーター駐車場には、2台のジャガーとロータス・エラン、スーパー7の計4台があったのである。ロータスとスーパー7は、ご存知の通りブリティッシュスポーツカーですから、普段使にはいかがな物かと言った車なのですが、ジャガー2台は、奥様用と恩田氏の自家用車となっていたのです。この内の1台が任期満了につき買い替手続をしたある日、恩田氏と私は町内会の会合で、顔を合わせたのでした。打合わせの後の懇親会で、彼はいつになくぐちっぽく私に言ったのでした。
「英国車はダメダネー。ジャガーの下取りいくらだと思う。」
元が1千万円からのしろものである。私はまったくの車オンチだから、
「500万位ですか。」と言った。
彼はシメタとばかりに言う。
「40万だよ。」
目を丸くする私を見て楽しそうだ。カメラコレクターの感覚が、車の世界では通用しない事を証明してみせた瞬間であった。
 私は恩田氏とは、気が合っている。10才以上年上の先輩なのだが、共通の社会的境遇からか、類似点が多く話が合うのである。いかんせん10才の年齢差は、現状ではいかんともしがたく、一歩引いた付き合いをさせて頂いているが、同じ年であったら、仕事面も含めてなにかと有意義であったろうと、くやしくてならない。
彼にとって1千万円の車の下取が、40万円だろうが500万円だろうがたいした問題ではない。そこに生まれる話題の面白さが大切なのである。
 今回のケースでも、金額だけがすべてではない。カーマニアの感性が話を面白くする。英国工業製品の根にある歴史的背景、あるいは英国人気質、工業技術史の話に発展していく。ドイツ型自動車産業との違い、日本車との設計フィロソフィーとの違いなど話がだんだん大きくなっていった。マニアの感性は時として核心をつく。他業種の人間の戯言と一蹴するなかれ。三菱自動車の社長に聞かせたい内容である。
 5年位前、私はヒョンなことから恩田氏に私のカメラコレクションを見せた事がある。根が機械屋の氏は、(日本で有数のシール印刷機メーカーを経営している)普通以上の興味を示した。世のクラッシクカメラブームも手伝って、この道に足をふみ入れて来たのである。最初、氏は手ごろな中古のライカM3を手に入れたのだがこの後がすごい。いきなりグレーのハンマートーンに塗ってしまったのだ。中古カメラの楽しみ方の一つとして、前々からあった事なのだが、超初心者がいきなりこれである。おまけにストラップは、クロコダイルの本皮だ。これには心底脱帽である。こう言った事はたいてい10年以上のベテランコレクターが自分だけのオリジナルがほしくなって、遊び心いっぱいに行うものだからである。長年のクラシックカーに対するこだわりから、凡人の知り得ない感性を持っている様である。
 話が戻って、私は代々に渡る家訓(?)の一つである
「興味の無いものには金を出すな。」
と言う教えに従って、今までカメラ以外の物に大金を注いだ事が無い。しかし今回私は、考えてもいなかった事が頭をよぎった。
「ジャガーに乗ってみたい」
この世に生を受けて当時36年、いまだかつて一度も抱いた事の無い感覚であった。しかも銘柄指定で、具体的である。気が付くとこう口にしていた。
「40万なら私に売りませんか」
すると彼は言った。
「あ、いいよ。」
「・・・・・・。」
時間が止まった。あっけない。あまりにあっけない。こんなにあっけなく屈指の高級車に乗っても良いものなのか。(うれしすぎるぞ)白眼を染める、私の表情を、今宵の美酒がやさしく包みかくすのでありました。恐縮していた私は、しばらくの間ジャガーの件にふれないでいた。そんなある日、会社の電話がなった。
「車、はやく取に来てよ。」
やった。素晴らしい。ついに我家にジャガーがやって来る。私の場合、降ってわいたジャガーなのであります。
初めての外車との蜜月の時
様々な感想を、今後UPして行きます。お楽しみに。