| 動物機械(アニマルマシーン)1 |
| 機械が動物の形態や構造に影響を受ける事は不自然であろうか。 以下は、ブルース・マズリッシュ著「人間-機械進化論」の前編を要約し、更に加筆したものである。 ダーウィンの進化論は、人間の動物的本性と同様、その機械的(構造的)な本性を考える上でも必要な視点を与えてくれる。人間が道具、身体的変化、そして心的、情動的変化のたえまない相互作用を通じて、他の動物から進化してきたと言う真実は、今や否定出来ない様に思える。 古い考え方(人間は、完成された姿で進化の舞台に登場し、しかる後に、道具やそれが可能にした生活様式を発見していった)はもはや受け入れ難いものである。ある人類学者が述べたように、「急速に蓄積されつつある証拠から見ると、道具によって可能になった新しい生活様式が、自然選択の圧力を変化させ、したがって人間の構造を変化させたと言う事を、今やある程度の核心もって推論する事が可能である。」この議論の細部が魅力的なのは、そこでは道具が、人間が、共同社会へと組織する事、そしてホルモン(本能)のかわりに道徳によって、性的ならびに他の“社会的”行動を制御するようになった事はもちろんのこと、骨盤の構造やの二足歩行や脳の構造などのような身体的特徴とも結び付けられている点にある。Dr ブルース・マズリッシュの結論はこうである。 「人類の進化の流れ全体を開始させ、今日の文明にまで導いたのは、きわめて簡単な道具の成功だったのである。」 “ところで世の御父兄は、これでもPCによるインターネットコミュニケーションや、コンピュータゲームの普及を、世に罪悪をもたらす物だと嫌悪しますか。” チャールズ・ダーウィンは、人類の進化における、道具の重要性を把握してはいたが、この主題をはじめて新たな光のもとに置いたのは、彼の同時代の人だった、生物学者ならぬ社会学者、カール・マルクスであった。マルクスは“資本論”の中で、人間とは道具を制作する動物であると言うベンジャミン・フランクリンの定義を受け入れて次のように示 した。 (遺骨の構造が、死滅した動物種族のからだつきの認識に対してもつものと同様の重要さを、労働手段の遺物は、死滅した経済的社会形式の判定に対してもっている) |