取 説
 駒込の友人宅に用があった。JR北口を出てほどなく、カメラのタカハシ商事という看板が目に入る。のぞいて見ると、中古専門店であった。店主に聞くと、この道30年と言う。その店構えからも、長いキャリアを感じることが出来た。多くのカメラがあるが、さほど古い物は見あたらない。しかし店の隅にダンボール箱があり、その中に大量の取扱説明書があった。めずらしい物が多い。60年代国産中心だが、この頃の物はかえって目新しい。キャノンFPの物が有った。表紙を開くと、写真がある。50代の男性が工作機械を操りながら、拡大鏡をのぞいている。ダイカストボディーの加工をしているようだ。まさに精密機械製作現場に居合わせるような感覚と、カメラ製作にかける情熱を感じさせる。写真と共に、次のような一文が載せられていた。
 「このたびはキャノン印をお選び下さいまして、まことにありがとうございます。キャノンは世界のカメラとして親しまれ、我国写真界発展の道をひらくとともに、各種のキャノン製品通して、皆さまの楽しい生活の実現に、たゆまぬ努力を続けてまいりました。つねに新しい時代の要求と、センスを反映した製品企画に基いて、よりすぐれたキャノンをお届けすることに心がけ、多年の経験に加えて、独自の理論と生産技術を総合した材料から完成品まで一貫作業により、製造を行っております。
 したがって、品質性能はもちろん、デザイン価格面のすべてにわたって必ず御愛用者皆様の、ご満足を頂けるものと信じております。ご家庭に、ご研究に、ご旅行、ハイキングに、キャノン製品を十二分にご利用くださることを念願いたしております。」
 1964年製のカメラに対する取扱説明書の一文である。当時のキャノンと言う会社の理念や社会的責任を感じておもしろい。今日のカメラ取扱説明書、カタログにおいてもこれ位の事を、語ったらどうだろうか。カメラのような耐久消費材を買う時は、消費者としてもこれくらいのドラマはほしい所である。写真と一文は、このカメラを買った人にとって、とても大切なアクセサリー(カメラをより高度に使用出来るようにする為の数々の付属品)となるであろう。そしてこのカメラを末長く愛用するきっかけを作っている。
 今日の最も進歩的なカメラの一つミノルタα9のカタログの一文を紹介する。
「人の心を捉えて離さない、一枚の写真がある。描き出された世界には、雄弁に語られる撮影者の意思が存在する。豊潤な言葉を内包して、無限の感動を伝えてくれる。そこには、映像表現へのあくことなき欲求が顕在し、自由な感性だけに許された無限の広がりがある。撮影者がどこまでも求めてやまない『最高の一枚』とは、自己の世界観を表現し尽くしことかも知れない。その一枚の写真を撮るためにαー9は生まれた。最高級一眼レフにふさわしい優れた機能性を、いつまでも信頼に応えつづける耐久性をここまで凝縮。そして極められた完成域から創出される、道具としての確固たる信頼感。撮影者は常に被写体と真摯に対峙することができ、深遠なるイマジネーション世界へと、その感性を解き放つ。すべては、『最高の一枚』のために。」
 文学的なのは結構なのだが、何が言いたいのか私にはさっぱり解らない。これではカメラと言う機械の説明にはなっていない。写真道と言う物が有るか無いかは知らないが、そういった精神世界の啓蒙書のように映る。この文はおそらく、カメラ製造関係とはまったく無縁のコピーライターかなにかの作であろう。まったく現実感をともなわない、理想主義的絵空事のように聞こえてくるからだ。そういった意味で、40年近く前の、FPの一文に足もとにもおよばない。
 事務機リコーカラーコピーのカタログ冒頭の一文である。
「カラーコピーは、コストがかかる。使い道が限られる。だからうちのオフィスにはまだ早い。そんなふうに考えていませんか。そこでデジタルフルカラー複合機imagio color 2800シリーズです。これ一台で、白黒/フルカラープリンター・スーパーG3FAX・白黒/フルカラーコピーとして、まさに多才な才能を発揮。あなたのオイフィスにピッタリなスタイルで、さまざまなOA機械を利用できます。毎日の仕事にカラーをもっと自由に活かしましょう。長年、複合機の便利さを追求してきたimagioからの新提案です。」
 解りやすい文章である。しかし一言言いたい。かりにも数百万円するコピー機を買おうとする人間は子供ではない。小学生に話しているような口調はやめていただきたい。しかも悪いことに、展示会などによくいるミニスカートをはいたコンパニオンのお姉さんが、中小企業の社長さんをつかまえて、一生懸命説明している場面を連想してしまうのは、私だけであろうか。