MOERIS
 京成立石駅からバス通りを青戸方面に向かうと途中に精巧堂なる時計店が有った。正確には精巧堂時計眼鏡とあるその店のショーウインドウに50年代の中古時計が5本有る。その内のウオルサム・モーリスは程度が良く目を引いた。 私は店内に入ると店主にこの2本を見せてくれるよう頼んだ。店主は快く応じてくれる。どことなく我意をえたりという感じの対応は気持がよい。
「古い時計ですね」私は言った。
「古い物が好きなのですか?」店主が言う。
「私は古い機械式のカメラが大好きで、コレクションしているのです。最近は、時計にも目が向くようになって、ついつい声をかけてしまいました。もしよかったら、中の機械をみせてくれませんか?」店主は笑顔で応じてくれた。
かたわらの老人も一緒になって覗き込む。3人いればいっぱいの店内である。
「見て下さいよ。この歯車ピカピカでしょう。昔の機械は作りが良いね。今ではもう作ってないですから珍しいですよ、こういう物は」店主は言う。
「どういい機械だろ」老人に向かって言った。
「彼は同業者だからわかるんです」今度は私に向かって話しかける。
聞くと老人は、立石から四ツ木に向かう京成電鉄の路線沿いで、やはり時計店を営む旧友であるらしい。老人2人のベタホメにあって、ついに私はMOERISを買う事になった。もちろん納得の上だが、この飾らない2人の老人の物腰に信用と信頼を寄せた結果であった。2,000円ばかり負けさせて、25,000円の買い物である。まあまあお買得ではなかろうか。
 私はたまにこうした町の時計店にふらりと入ってしまう。いつも思うのは、店主がみなさん御老体であるということである。語幣を恐れずに言えば、果たしてあと何年現役でいられるのであろうか。町のこうした時計店も、1つ消え、2つ消えいつしかなくなってしまうのだろう。寂しい事だが、これも時代の流れである。今はディスカウントショップや、ヨドバシカメラのような量販店で時計を買う時代である。よく出来た機械物を修理しながら長く使う時代でもないから町の時計店に修理の仕事もかつて程はないであろう。
私は店を出ると汗をかきかき自宅まで歩いた。店主のやさしい目が、印象的であった。 帰り際に、昨日預けておいた自転車を取りに行く。先週の日曜日に息子と娘と3人で、サイクリングを楽しんだのだが、最近体重が増えすぎたのだろうか、サドルの支柱が曲がってしまったのだ。お買い物自転車には、やや酷なロードレースであったかも知れぬ。しかし、元々が安物だから仕方がない。 店に入ると、店主は子供の自転車を直している。かたわらで、不安そうに立っている8歳位の子供がかわいい。塾でも行くのか、大きなデェイバックをかついで落ち着きがない。タイヤをはめ終わると、
「出来たよ、乗ってみな。」と、店主が言った。
子供はホッとした表情で、うれしそうである。「いくらですか」 「・・・・・」子供は勇気をふりしぼって
「いくらですか」と、聞き返した。
店主はこわおもてなのである。「いいよ。いらないよ。」店主は言った。
「ありがとございます」礼を言うと、うれしそうに元気に立ち去った。私は思わず笑ってしまった。
実に気分の良い日だ。そう言えば、この自転車屋も随分と昔からある。私が小学生の時はすでにあった。おやじも年を取った。よくよく見ればもう老人である。このおやじは、昔から愛想が無い。でも、本当は、子供好きでやさしいおじいちゃんなのである。今日は素敵な人に3人も会った。
「さてと直そうか」私の自転車に取りかかる。昨日発注しておいたパイプが入荷しているのである。
「ステンと鉄とどっちがいいかね」私はさっき子供にタダの仕事をしているのを見ていたから、少しは儲けさせてやろうと思い、ステンにする。直し終わると「1,500円ちょうだい」と言う。相場はよく解らないが、これで本当に儲かっているのだろうか。
新車気分の自転車にまたがり、なまぬるい風を切りながら、さっそうと家に向う。 そうだ、息子にコーラでも買って帰ろう。最近始めた柔道の練習で、彼は最近くたくたなのだ。真夏の午後は、数時間前より幾分気温が下がっていそうだが、それでも30度以上はありそうである。