コスト評価の負荷を軽減し製品作り込みの時間を確保
 設計者はコスト対策に、非常に多くの時間をかけている。
 その一方で性能機能を高める、設計品質を高めるといった前向きな作業に満足な時間が取れない。
 これでは、設計者は創造力を十分に発揮できない。
 コスト検討に割く時間は最小限にする仕組み作りが必要。
 お互いの知恵を出し合えるようなチーム設計も、時間確保と創造力の発揮には有効だ。
 コスト低減は全社的な取り組みだ。各部門がそれぞれ知恵を出しあって、可能な限りコストを低減していく。中でも劇的にコストを低減できる可能性を秘めているのが設計者だ。というのも、製品の機能や使用材料、構造など、製造コストを決定する要因は製品開発の初期段階で決定するからだ。
 もちろん、試作や量産の段階でも、コスト改善のために、努力している。製造現場では常に合理化が行われ、購買部門では仕様決定済みの部品などを、どのサプライヤから一番安く購入できるのか、常に目を光らせている。これらの地道な活動はもちろん重要だが、設計段階の改善のような大きなコスト改善効果は望めない。
 劇的なコスト低減を目指すのであれば、設計者は知恵を搾り出さなくてはならない。このことが、機能性能を高める、製品を作り込むといった前向きな業務、すなわち創造性を発揮する時間を少なくしている。
構想設計に時間が取られる
 では設計者が創造性を発揮する業務に掛けられる時間を増やすためにはどうすべきか。対策を明らかにするために、もう少し具体的に設計者の業務の流れを見てみよう。
 一般に製品が開発される時は、図1の横軸に示したように大きく、商品企画、構想設計、詳細設計、試作、量産といった工程を経る。設計者が主に関わるのは、構想設計と詳細設計の段階。
 商品企画の段階でコスト目標が高く設定された場合、構想設計の初期段階において、このコスト目標を達成するアイデアを出さなくてはいけない。この時点で非常に多くの時間を要する。その結果、後工程に続く詳細設計に費やせる時間が短くなる。
 コスト要求がさほど厳しくない時代には、主に商品企画で定められた機能性能をどう実現するかを、構想設計段階で検討していた。構能性能に関しては先行技術開発がその前段階として進んでいるケースが多い。このため、それほど構想設計に時間を掛けずに、詳細設計に移行できた。
 一方、コスト低減のための先行開発は少ないため、構想設計においてアイデアを出すことになる。コスト目標に達しないと時間を要して、本来詳細設計に掛けられる時間に食い込んでしまう。
ユーザーの生の声を分析し商品企画
 このような問題を克服するためには、まず構想設計段階での作業を効率化する必要がある。これにより詳細設計に割り当てられる時間を増やす。次に詳細設計の作り込みの段階で、コスト評価に関わる時間を削減する。この2段階の取り組みを実施すれば、設計者の時間に余裕が生まれ、詳細設計時に創造性を発揮する業務に時間を利用できる。
 構想設計段階の業務を効率化するために有効なのが、商品企画の段階で機能の優先順位をなるべく具体的に決めること。複数ある機能の中で、何をユーザーは重視しているのか、比較的重視している機能は何なのかなどを細かく決めるべきだ。
 例えば、複数の機能を持つ製品を企画したとする。もし、それぞれの機能に優先順位がなければ、コスト低減を実施しようとした時に、設計者は実現するうえで最もコストが掛かっている機能から、改善しようと考えるだろう。
 しかし、もしその機能をユーザーが最も重視するのであれば、コスト低減をある程度無視しても機能を向上させるべきなのかもしれない。仮にコスト低減を優先して、少しでもその機能が下がるようであれば、製品は発売してから売れなくなる。結果的に設計者のやる気が損なわれる危険性すらある。創造性を維持するうえで、設計者のやる気が失われてしまうのは、非常に問題だ。
 もし、機能に優先度が付けられていれば、設計者はコストが比較的掛かっていて、しかも優先度が低い機能に絞って改善案を練ることができる。発売されてからもポイントを抑えているために、大外れする危険も少ない。設計者のやる気を損なうこともないだろう。
  そのような商品企画をたてるためには、正確にユーザーの声を把握する必要がある。情報技術が発達した現在では、様々なチャンネルから入ってくるユーザー情報を、データウエアハウスで管理することが、易しくなってきた。ユーザーの声を管理し、さらにデータマイニングやテキストマイニング、OLAPなどのツールで分析すれば、何をユーザーが求めているのか、優先順位を付けることも難しくないはずだ。
 重要なのは、「ユーザーの生の声をできる限り商品企画部門に伝えること」(ミスミ情報ネットワークチームチームリーダーの藤原一也氏)。ミスミでは現在、受注窓口である全国13カ所のマーケティングセンターに集まる顧客情報を一元管理、商品企画部門が自由にアクセスできるシステムを構築している。
設計者が即座にコスト評価
 構想設計段階では、製品を構成する各ユニットにどのような機能を持たせるかを決定するのと同時に、各ユニットや部品のコスト目標も決定する。詳細設計の段階ではこのコスト目標を実現することが、一つのミッションとなる。
 このミッションを効率良く実現するためには、設計しているもののコストが即座にわかる仕組みが必要だ。コスト目標に到達したのか、まだ改善の余地があるのかなどが適宜分かれば、それをフィードバックして設計を進められる。
 一部の部品に関して、設計者が即座にコストを見積もれるシステムを運用しているのがクボタだ。クボタは機械加工部品やプレス成形部品、歯車などの部品のコストを見積もるシステム「Purchasing Cost Standard(PCS)システム」を開発。設計者が詳細設計時に活用している。
 クボタは今年1月から7月まで21種類の農業機械の新製品を発売すると発表している。その多くは機能を向上させながら、価格は下げたものになる。例えば、1月に発売した4〜5条刈りコンバイン「エア炉スター」シリーズでは、従来機に比較して6〜12%価格を下げた。
 このような価格で製品を投入できるのも、徹底的にコストを低減してきたから。従来に比べてはるかに高いコスト目標をたて、それを実現すべく設計者は製品を作り込む。この時、設計者のコスト検討の手助けとなっているのが、PCSシステムだ。
 システムでは、まず設計者が要求する部品の仕様を入力する。すると、モデル工場における標準の加工条件や作業条件を基にした標準時間と標準工数から加工費を算出。さらに標準材料費に加え、一般管理費と利益を加えてサプライヤから購入する価格を算出する。設計者はデスク上で、自分の設計している部品のコストを容易に導き出せ、コスト目標に対しての評価が即座に分かる。
3次元モデルの活用でコスト評価精度を向上へ
 一方で、コストを評価する専用の部門が、設計者の設計途中の製品に対して適宜コストに対する評価をフィードバックする仕組みを持っているのがキヤノンだ。設計者が設計を作り込むのと平行してコストを評価し、コスト目標を達成するのを支援している。
 キヤノンは、コスト評価を専門に行っているCE本部を、約20年前に設置している。開発の節目において、コストの観点から製品を評価し、価格面において競争力のある製品を市場に投入していくのが主な役割だ。
 従来は構想設計段階でコストを評価、さらに詳細設計が終わった図面の段階で再度評価を行っていた。しかし、一度図面が完成した段階で評価して改善点を指摘する方法は、時間的にも無駄が多いし、設計者としては手戻りの作業となってしまう。
 そこで現在では、設計途中の段階で適宜コスト評価を行い、設計者にフィードバックしている。完成前の段階であれば、設計者も指摘された点を受け入れやすいし、またCE本部としても気兼ねなく改善点を指摘できる。このようなコンカレントな作業ができるのも、3次元CADの採用によるところが大きい。3次元モデルは設計途中でも、設計者の意図をCE本部に伝えやすいからだ。
 現在は、評価期間の短縮と精度の向上を目的に3次元モデルを利用した評価システムを構築している最中だ。射出成形部品、プレス部品に関しては評価システムをほぼ完成させ、実際にトライアルを行っている。
 以前はコストを評価するのに2次元図面から体積を計算して材料費を見積もり、過去の経験などから加工費を見積もっていた。構築したシステムでは3次元データから自動で体積を算出し、材料単価をかけて材料費を求める。さらに3次元データを利用した射出成形シュミレーション、プレス成形シュミレーションにより加工サイクルタイムを求めて、加工費を見積もる。このことによってコスト評価にかかる時間が短くなるうえに、評価精度も向上した。
 今後は業務効率を上げるために、設計者自身が同システムでコストを評価し、設計にフィードバックしていくよう運用方法を変えることを目指している。設計者が自分でコスト評価をできれば、CE本部はコストを見積もるうえで必要となる最新の価格情報などの、基礎データの更新に専念できる。
同時並行設計で、設計者の余裕を生む
 このように、詳細設計時にコスト見積もりが適宜できるようであれば、コスト検討に掛ける手間と時間を最小限に抑えられる。しかし、これによって機能性能の向上や詳細部の作り込みに多くの時間を割けるようになるかというとその保障はない。ライフサイクルの短縮化に伴い、開発期間は短くなる一方だからだ。
 短い時間の中で、コストも機能も作り込む一つの手法が3次元モデルを格としたチーム設計だ。チーム設計では、製品を構成する各ユニットの設計者が同時平行で作業を進める。時間を有効に使えると共に、適宜デザインレビューも行えるために、設計者同士が互いの設計に対して評価し合えるのも特徴だ。
 チーム設計では、お互いが融通を利かせあいながら業務ができる。他のメンバーが作業中のモデルに関しても、最新データーを入手できる。例えば、コスト低減のために、形状を変更せざるを得ない時でも、容易に干渉チェックなどができ、相手への影響度が即座に分かる。前述したように担当者間でのミニデザインレビューも手軽に開催可能。この際に、設計者同士が意見を交換し合うことで、自分の創造性をふくらませることも可能だ。
 ケンウッドでは、昨年開発したポータブルMDの設計に、初めて本格的にチーム設計を採用した。大きく製品を4つに分けて、平行で設計を進めた。強度解析や構造解析なども平行で利用しながら作業を進めた結果、設計期間を短縮しながらも、コスト低減と品質の向上を実現した。
 「コスト目標が厳しいと、設計者の作業がコストを納めるための設計で手一杯になっていしまう。付加価値、例えば特許に出願できるような設計ができないとなると、長い目で見ると大きな損失となる」(ケンウッドホームエレクトロニクス事業部・第一技術部第二設計グループ・3DCAD担当の岡本一元氏)。チーム設計した結果、詳細設計の後工程では比較的余裕が持てたと言う。このような時間が持てることも、設計者の創造性を有効に生かす点で有効だ。
現場の知識を設計者に
 これまで述べたように、コスト重視で設計者が忙しくなると、創造性を失いがちになる。さらに、コスト至上主義は別の側面からも創造性を設計者から奪おうとしている。それは、モノ作りの現場を生産コストの安い海外へ持って行ってしまうことだ。
 よく言われていることだが、モノ作りをしらない設計者は、良い設計ができない。例えば樹脂成形部品を設計する場合、金型構造を知らない設計者は、抜き勾配のないモデルを作成する。どこかで修正して対応するわけだが、その手間ももったいないし、修正した結果が他の部品に影響があるようであれば、設計変更を掛けなくてはならない。
 モノ作りの現場がなくても本などを読めば勉強はできる。しかし、忙しい設計者が、どこまで本気で取り組めるかは疑問だ。一番モノ作りを知る意味で有効なのは、現場を見ることだ。さらに重要なのは、熟練技術者の存在。熟練技術者には邪魔扱いされるかもしれないが、設計者の創造性を育てるためには、的確な意見を聞くことができる熟練技術者の存在は大きい。
 とは言うものの、中国をはじめ労務費が安い海外でモノ作りを行うのは当然の流れであり、この流れは加速するばかり。解決策として上げられるのは、ます「キーパーツは内製化すること」(キヤノンCE本部本部長の山岡節彦氏)。キーパーツはその製品の性能を決定する、特に重要な部品である。キーパーツを内製すれば、設計者が現場を見ることができると共に、技術競争力の強化も実現できる。さらに供給量も安定して確保できる。そういった意味で、キーパーツの内製化は大きなメリットがある。
 「マザー工場は絶対に日本に残すべき」(JMACの鈴木氏)という意見もある。新製品の試作や量産立ち上げ前に検証を行うマザー工場は、本来設計者と密に連絡を取り合わせなくてはならない。マザー工場は絶対に海外に出すべきではないという主張だ。
 また、自社工場は海外に進出してしまっても、「講習料は取るが、現場でモノ作りを体験させてくれるメーカーを利用するのも一つの手」(ケンウッドの岡本氏)。ケンウッドでは金型を内製していないが、実際に取り引きのある金型メーカーに設計者を派遣、金型作りを体験させている。

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