九九式極小航空写真機
2台の九九式がある 一台は太平洋戦争勃発の一年前に造られた物、一台は終戦の年に造られた物である。
九九式極小航空写真機は、1939年に帝国陸軍航空隊の要請によって 小西六(コニカ)が造った手持ちの航空偵察カメラである。その性能の良さから戦後連合軍に使用され朝鮮戦争では大活躍、一躍有名になった さらにこの時期に米軍より追加注文された程すぐれたカメラであった。

この二台の九九式を比較してみる。
ここに歴史が見えてくる。
戦前に造られた九九式は 使われている素材がすばらしくよい 工作も丁寧なもので仕上げのグレーシュリンク塗装も高品質なものでハゲ落ちひとつ発見出来ない。今日までの70年におよぶ風雪に耐えて来た。一時は 大変な酷使を受けたであろうからたいしたものである。一方終戦の年に造られた九九式は、かなりの手抜き品と言わざるをえない。もちろん好きで手を抜いたのではない手をかけるにも時間と材料がなかったのに違いない。素材は見るからに低品質の物であるし塗装のただの水色ペンキである。そこらじゅうハゲ落ちている事は言うまでもない。ファインダーの光学ガラスは物資不足から省略されただの素通し(スピードファインダー)になっている。カメラ本体及び専用ケースに本来貼り付けられている様々なプレートもすべて省略されており、唯一の物はベークライトに変更された。
戦前の物はステンレス製なのである。
この時期のステンレスは今とちがって大変貴重な工業材料であったのだろう。更に付け加えればカメラ本体のアルミニュームボディーシェルはまさに最先端 今では想像も不可能な程の夢の新素材であったに違いない。
 
さてここにおよんで私は旧日本軍の末路が見えて来る。軍用カメラはこの調子で品質を落とした、もし飛行機や戦車や船がこれと同じ様な状態であったら、勝てる訳がない。歴史家や政治家が敗戦の理由を様々に語ってきた。大半が イデオロギーに即するものである。私は思う 多くを語る必要などないのだ。この二台の九九式を見比べればすべてが見えてくる。さらに言えば敗けた理由など必要ない。
始めてしまった訳を考えてみるべきなのだ。